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| 有馬籠の歴史・変遷
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有馬籠の歴史は非常に古く十五世紀桃山時代・本願寺の「顕如上人貝塚御座所日記」を見ると、天正十三年(千五百八十五)九月十三日、有馬に入湯した顕如上人(光佐)は、有馬土産として豊臣秀吉夫人「ねね」に有馬籠を贈ったと記されています。
その後、江戸時代に入ると多くの著書や文献に紹介され黒川道祐の「有馬地誌」また「日本山海名物図会」には「有馬籠細工妙を得て色々の竹籠をつくり出す。有馬籠とて著名な名産なり。入湯の人々、買い求めて家ずとす。」などと記されていて、この時代では有馬の町名も籠屋町とか筆屋町とかにわかれていました。
明治時代に入り同六年オーストリアのウィーン万国博覧会に出品し優秀賞を受賞。その後有馬籠は次第に発展し大正年間には、従業員も七十余名に達するなど、有馬籠の全盛時代でありました。このころ九州の別府へも職人が出向き、その技術を教えたものです。
しかし、第二次世界大戦によりこの地も壊滅的な打撃を受け廃業者が続出し、完全に衰微してしまいました。近隣に新しい産業の誕生、また竹細工職人として自立までの期間がかかる等が衰微の原因と思われます。
現在、国内では有馬籠の偽物が氾濫し有馬温泉に於いては外国製品の輸入による竹製品を有馬籠と偽って販売する商店も多数伺えますが、伝統竹芸、有馬籠を製造・販売するのは「轡 昭竹斎」を代表とする弊社ただ一軒です。
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